■第一話 金魚倶楽部とカプチーノ

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 ちなみに、源蔵さんが言う「いつもの」とは、アメリカンコーヒーのことだ。  ブラックで飲むのが好きで、こちらはおすそ分けのお礼のつもりでサービスしているのだけれど、いつも律義に代金を払っていく。  豪快だが、そういうところはけっこう細かい。  でも、おすそ分けのついでにコーヒー代を置いていってくれる人たちがいるおかげで店の売り上げが保たれているのも確かだ。  ここは別に観光名所でもないし、通年してたくさん人が訪れるわけでもない。  夏は店からも臨める恋し浜の砂浜と入り江が海水浴場として開放されるけれど、それだってせいぜい七月の中旬から九月の中旬までの二ヵ月間だ。  残りの十ヵ月は、細々とやってくる他所からの客と、源蔵さんのような地元の人からのおすそ分け+律義なコーヒー代で生活が成り立っていると言っても過言ではない。  他所者の渉がここで店を営むようになってから二年。恋し浜界隈の人たちは、いつも優しい。 「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」  淹れたてのアメリカンコーヒーを銀盆に載せて運んでいくと、壁際の席で待っていた源蔵さんが海焼けした黒い肌に白い歯を覗かせ、ニッと笑った。
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