■第一話 金魚倶楽部とカプチーノ

55/72
前へ
/266ページ
次へ
「……」 「……」 「……」  それからしばし、誰も口を開けなかった。  文香さんの胸中は思っていたよりずっと複雑で、すぐには誰も何も言えなかったのだ。  文香さんがカプチーノに口をつけ、それをソーサーに置く、カチャリ、という静かな音だけが、店内に小さく響く。  文香さんは本気で彼が好きなのだ。だから、こんなにも胸を痛めている。  ――と。 「ねえ、この人……視線が少し、文香さんのほうを向いてるような気がしない?」  野乃が向かいの席の元樹君にそう尋ねた。 「え?」 「ずっと飾ってたみたいだから日に焼けてるし、さっき水にも濡れたから少しわかりずらいかもしれないけど、この後ろの左端の人、やっぱり文香さんを見てるように見える」  写真を覗き込む元樹君に、この人、と指で指し示しながら、野乃は確信を深めたような声で言う。  顔を見合わせた渉と文香さんも元樹君の横から写真を覗き込む。
/266ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加