■第一話 金魚倶楽部とカプチーノ

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 それでも上尾さんは、何年も静かに燃えていた恋の炎をそう簡単に消すことなんてできなくて、ついつい、文香さんを目で追ってしまうのだ。  それが、サークルを立ち上げたときの記念写真や、つい最近の集まりでの写真に密かに現れているんじゃないかと野乃は言う。  だから〝ちょっとほっとした〟なのだ。  文香さんが金魚鉢の彼に失恋してくれたおかげで、今も彼女はフリーのままなのだから。  そこまで言って野乃がアイスコーヒーを含むと、代わりに文香さんが口を開いた。 「……そういえば上尾君、けっこう職場が離れてるのに、私が元気のないときとか、会社帰りによく飲みに誘ってくれたり、彼のことで相談したときも、どこか苦しそうな顔をしてたように思う。切なそうっていうか、つらそうっていうか、相づちもなんだか元気がなかったし、いつもは笑いかけられたこっちまで幸せになるような温かい笑顔をする人なんだけど、そのときはどうしてだか、すごく寂しそうだった……」 「ちなみに、上尾さんにここに旅行に来ることとか、来ていることは……?」
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