■第一話 金魚倶楽部とカプチーノ

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 数年前までは空き家だったものを気に入り、購入したのだ。店舗用の一階部分は、渉がほとんど自分で改装した。二階はこの家を買ったときのまま使っている。  前の人はものを大事に扱う人だったようで、目立った傷も痛みもなく、むしろ木のぬくもりがとても心地いい。店や生活に必要なものは知人に安く売ってもらったり、家具の処分に困っている人から譲り受けたりして、なんとか店の形になった。  開店して丸二年になる。 「……美味しい」  ぽつりと感想を落とした野乃に、渉は満足げに笑う。どうやら、カルピスの味も炭酸の効き具合もちょうどよかったようだ。グラスの中で揺れるミントの緑が目に涼しい。 「珈琲店だから、コーヒーしかないのかと思ってました」 「そんなことはないよ。小さいお子さんを連れてくる人もいるし」 「そうなんですね。私、まだコーヒーの美味しさがわからないから。……コーヒー牛乳なら飲めるんですけど、無理にブラックに慣れようとしたら、お腹痛くなっちゃって」 「はは。そんなこともあるよ。缶コーヒーとかだと、けっこう癖のあるブラックもあるから。自分好みのブラックかどうかは、飲んでみないとわからないしね」 「……そうですよね。でも、どっちにしろ、私にはまだ早かったみたいです」
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