■第二話 エスプレッソにはスプーン一杯の砂糖を

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 その日は、午後になってもお客様は入らなかった。  まあこんな日もあるさ、と気楽に構えながら時間になるとフレンチトーストとコーヒーで昼食をとり、さらに食後にもう一杯コーヒーを飲みながらのんびりと本を読みつつ、ひとり静かな店内で過ごした。  今日、初めてのお客様が店に現れたのは、野乃が学校から帰ってくる時間が近くなってきた頃――午後三時を少し過ぎたあたりのことだった。  今回も初見のお客様だ。 「いらっしゃいませ、ここは恋し浜珈琲店です。お好きな席へどうぞ」  カウンターの中で本を読み耽っていた渉は、ドアベルが立てるリンリンという音に弾かれるようにして立ち上がり、いつものちょっとおかしなお出迎えの台詞を口にする。 「……あの、エスプレッソをひとつ」  そう言ったお客様は、シャープな顎のラインに沿ってカットされた前下がりショートボブがとてもよく似合う、クールビューティー系の若い女性だった。  右耳のほうにだけ髪を掛けていて、少し吊り気味の涼しげな目元とややハスキーな声がクールで格好いい。  彼女は入り口に一番近い窓際の席にさっそくつき、頬杖をついて海のほうへと目を向ける。
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