その手に残されたのは。

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 造花で構わないから、スノードロップを一輪、もしくは真っ赤な薔薇を一輪、贈ってください。  俺としても悪い縁の切りかたをしたと反省していた。素直にごめんなも言えない状況にモヤモヤしていたのだろう。すぐさま花屋に行って生花は取り寄せられるか尋ねた。だが、あまりにも贈りものに向かない花を選んだらしい俺に、店員は静かに花言葉の書かれた本を見せる。  問題の花はスノードロップだった。希望、慰めという花言葉を持つものの、他人へ贈ると一転。あなたの死を望みます、などという言葉に変化すると記載されていたのだ。  ならば薔薇はどうだ。記載された花言葉は色で少しずつ違えど愛情を示すものばかり。大事な人へ贈る花としては充分過ぎる役回りで、店頭にもキレイなものが並んでいる。  どちらか一輪だ。愛か死か選んでよこせと言われていることに気付いてから、いつでも決断出来るように両方を一輪ずつ注文して、当日に間に合うよう手配した。  やはり俺は謝りたかったのだと思う。簡易包装の愛と死を一輪ずつ携えて、メールの末尾にあった住所まで歩いた。玄関ドアは開いていて、不用心だと勝手に上がって奥へ叱りに行ったら、部屋は大量のブーケを振り回して花びらを散らしたような状態で。  彼女はその中央で古着屋の隅にありそうなウェディングドレスに身を包み、俺が持ってきたものと同じものを手にして寝そべっていたのだった。俺を見るなり、あげる、と下手くそな笑顔で赤いほうを差し出すものだから、反射的に受け取ってしまったのも良くないことだったに違いない。  あまりに粗末すぎる花畑に横たわる彼女が体どころか心も壊したのだと理解した俺は、しっかりと呂律も頭も回った彼女と少しの会話をしたのち発せられた、どちらかをよこせという懐かしい声に――。
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