その手に残されたのは。

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「……受け取った薔薇と、持ってきた薔薇とスノードロップ、全部押しつけて逃げた。しばらくしてから睡眠薬の過剰摂取で死んだって話を聞いたよ。誕生日を祝いに行った友達があの部屋でさ、スノードロップだけ握り締めた死体を見つけたんだとさ。口の中には薔薇の花びらが詰まっていたらしい」 「お前……」 「だから嫌なんだ、花の香り。とくに薔薇だけはノーサンキュー。マジで無理」  花の香りが鼻に届くたびに思い出す。まるで忘れてはいけないとでも言われているような気分で、毎回気が滅入る。そんなことをされなくたって、今も忘れていないし、これからもずっと忘れられないというのに。  今も忘れられないどころか、来世も忘れられないような出来事を同期に語り終えれば昼休憩も終了だ。俺はほんの少しの希望を口の軽い同期に託して、鼻を誤魔化すための電子タバコを内ポケットに収納する。
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