(一九)

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 葛城の質問に、鈴江は薄っすらと笑みを浮かべ、 「何が言いたいの?」  と、葛城に問い返した。 「あの部屋にはベッド以外、なにも無かった。音楽の練習をするんやったら、それらしい楽器なりなんなりあるはずやのに、なにも無かった。あの部屋は、久保田優子さんを連れ込む為だけの部屋やったんとちゃいますか?」 「そうよ」  鈴江は返事をすると、再び口だけで微笑んだ。  その時、隅にいた朱里が遠慮がちに手を挙げた。 「どうした?」  と、葛城が聞く。 「一つだけ、いいですか?」 「かまわんが…」  朱里はゆっくりと机に近づき、鈴江の顔を見た。 「宮田さん…あなたは飯島加奈子を棄てたんですか?」 「飯島さん? 棄てたりしてませんよ。彼女も私の大切な人ですから」  鈴江は朱里の眼を見て、優しく答えた。  そんな鈴江の態度に、 「だったらなんで、彼女はあなたに棄てられたと言って、自殺騒ぎなんか起こしたんよ!」  と、朱里が激怒して怒鳴った。 「自殺…」  鈴江が少し驚く。  何か言おうとする朱里を手で制して、 「あなたが、円山町に隠れている間の出来事やからな、知らんのも無理ないわな」  と、葛城が説明した。 「それから、久保田優子の証言もある。彼女は、あなたが飯島さんを棄てて、久保田さんに迫ったと言っている。これでもあなたは、飯島さんを棄ててないと、言うんか?」  と、葛城は朱里に代わって聞いた。  鈴江は横を向いて、返事をしなかった。 「宮田さん?」  鈴江は葛城を見た。 「私はね、久保田さんも飯島さんも好きなの…だから、久保田さんに言ったのは、彼女に振り向いてもらうための方便。でもね、それを飯島さんに聞かれたみたいやね」  そこで鈴江は朱里を見て、 「でも、だからって自殺することないのにねえ」  と、他人事のように言った。  すると、朱里が激しく鈴江の頬に平手打ちをした。 「あなたには、相手が男でも女でも好きになる資格なんてあらへんわ!」  鈴江は一瞬、呆然となるが、 「訴えてやる! この暴力刑事!」  と、ヒステリックに喚いた。  葛城は朱里下がらせ、鈴江を見た。 「殴ったのはお詫びします。それから、訴えても構いませんが、それで、あんたの罪が帳消しになるわけやないで」  そう言った葛城の眼は鋭く鈴江を見据えていた。
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