51人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
葛城の質問に、鈴江は薄っすらと笑みを浮かべ、
「何が言いたいの?」
と、葛城に問い返した。
「あの部屋にはベッド以外、なにも無かった。音楽の練習をするんやったら、それらしい楽器なりなんなりあるはずやのに、なにも無かった。あの部屋は、久保田優子さんを連れ込む為だけの部屋やったんとちゃいますか?」
「そうよ」
鈴江は返事をすると、再び口だけで微笑んだ。
その時、隅にいた朱里が遠慮がちに手を挙げた。
「どうした?」
と、葛城が聞く。
「一つだけ、いいですか?」
「かまわんが…」
朱里はゆっくりと机に近づき、鈴江の顔を見た。
「宮田さん…あなたは飯島加奈子を棄てたんですか?」
「飯島さん? 棄てたりしてませんよ。彼女も私の大切な人ですから」
鈴江は朱里の眼を見て、優しく答えた。
そんな鈴江の態度に、
「だったらなんで、彼女はあなたに棄てられたと言って、自殺騒ぎなんか起こしたんよ!」
と、朱里が激怒して怒鳴った。
「自殺…」
鈴江が少し驚く。
何か言おうとする朱里を手で制して、
「あなたが、円山町に隠れている間の出来事やからな、知らんのも無理ないわな」
と、葛城が説明した。
「それから、久保田優子の証言もある。彼女は、あなたが飯島さんを棄てて、久保田さんに迫ったと言っている。これでもあなたは、飯島さんを棄ててないと、言うんか?」
と、葛城は朱里に代わって聞いた。
鈴江は横を向いて、返事をしなかった。
「宮田さん?」
鈴江は葛城を見た。
「私はね、久保田さんも飯島さんも好きなの…だから、久保田さんに言ったのは、彼女に振り向いてもらうための方便。でもね、それを飯島さんに聞かれたみたいやね」
そこで鈴江は朱里を見て、
「でも、だからって自殺することないのにねえ」
と、他人事のように言った。
すると、朱里が激しく鈴江の頬に平手打ちをした。
「あなたには、相手が男でも女でも好きになる資格なんてあらへんわ!」
鈴江は一瞬、呆然となるが、
「訴えてやる! この暴力刑事!」
と、ヒステリックに喚いた。
葛城は朱里下がらせ、鈴江を見た。
「殴ったのはお詫びします。それから、訴えても構いませんが、それで、あんたの罪が帳消しになるわけやないで」
そう言った葛城の眼は鋭く鈴江を見据えていた。
最初のコメントを投稿しよう!