勿忘草

3/7
前へ
/7ページ
次へ
「さわるな!」  鋭い声で制止をかけ少年がさっと猫を抱き上げた。とたんにだらんと伸びた猫の身体から赤黒い血が滴り落ちてくる。 「もう、手遅れなんだよ。さっきまではそれでも少しは暖かかったんだけどな」 「し……死んじゃったんだ」 「ああ、たった今」  僕はぺたんと地面に座りこんだ。  少年は抱き上げていた猫を再び地面におろし、背中をそっと撫で上げる。 「君が飼ってた猫?」 「いいや。俺ん家は猫を飼えるほど裕福じゃねえからな。こいつは野良だよ。一ヶ月くらい前にふらっと現れたんだ。魚屋の店先で煮干しをもらってるのを見たことがある」 「野良猫……なんだ」  見ると、確かにその猫は首輪も鈴も付けてはいなかった。 「こいつ、さっき、そこの道路で車に轢かれたんだ。すげえ急ブレーキの音がしたから何かと思って走っていったら、こいつが道路の真ん中で血まみれになっててさ」 「車は?」 「逃げてく車が一台あった。とっさに石を投げつけてやったんだが、それちまって。そのまま行っちまった」 「…………」 「悔しかったろうな。こいつ。こんなあっさりやられちまって……悔しかったろうな」  可哀相でもなく、気の毒でもなく、悔しい。  本当に、そうとしか言いようのないような悔しげな表情で、少年はじっと猫の死体を睨みつけている。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加