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「はい、出来上がった人はオーブンから出してくださいー。」
広い家庭科室内に響く、活発な声。焼きあがったマドレーヌをオーブンから取り出しに行こうと群がる部員。熱くなった扉に手を伸ばし、開ける。瞬く間に部屋いっぱいに甘い香りがふわりと広まった。
「今日も成功だぁ!」
マドレーヌを皿に移し、バニラアイスを添える。
「おいしそうだねぇ、早く食べたいな!」
友達の笑海がニコニコしながら皿を高く掲げた。そのまま笑海は焼き立てのマドレーヌを一つ持つと、ぱくりと口に入れてしまった。
「あ、まだ食べないでね……………!」
部長がわたわたと焦る。それを見て一年生の金井勝渡と奉日本(たかもと)ショウが仲良く笑う。いつも仲の悪い二人が、と思いながら私もふっと笑った。いつも無表情の八百万美音もほんの少し口角を上げていた。
「お、マドレーヌじゃん!俺ももらうぞー。」
サッカー部の先輩、小田殿雪先輩が乱入してきた。そしてマドレーヌを半分に割ると、一口で食べてしまった。
「半分やるよ」
「ありがとうございます、でもまだ試食時間じゃないので置いておいてください。」
精一杯のスマイルをぶつけ、私はマドレーヌを受け取った。
「先輩、ずるいっす!俺もほしいっす!」
奉日本君が眉をひそめ、手をぶんぶんと振っている。
ここにいると、いつも楽しい。自然と笑顔になる。
ははは、とみんなの笑い声が重なる中、急に視界が渦巻くように回った。そんなことも気にせず、私も笑い続ける。
あはは、はははは、あっはははは……………………
そんな時、笑い声に混ざって歌声が聞こえた。
―――きれいな声だな。
歌声と笑い声がこだまし、耳を通り抜ける。
こんな楽しい空間、ここにしかないんだ。
私は、やっぱりこの部活が――――――――
「むん……あれ……」
目を開けると、いつもより暗い部屋が映った。私
はゆっくりと体を起こすと、顔をごしごしとこすった。
―――さっきのは、夢?
微かに残る楽しかった思い出を噛みしめながら、私は部屋を出て階段を下りた。
「あらおはよう。今日は早く起きたのね。」
母がエプロン姿でキッチンに立っている。こんがりとした魚の匂いが鼻腔をかすめる。
「うん、今日はいい夢を見たんだ。」
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