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オレが高校生だった頃の話。
名前だけしか知らない様なアイツは雨の中立ち尽くし、空を見上げていた。泣いていたのか、笑っていたのか。或いは怒っていたのか。其の表情は激しい雨に掻き消されて見えない。頬が濡れていたとしても、其れは雨に因る物やもしれないし、泣いているという証明には成り得ない。
ただ激しい雨の中、黙って立ち尽くす姿は、尋常じゃないと思わせた。焦燥。心拍の高鳴り。手を伸ばしたいと焦がれた。まるで此処は陸地であるのに、そうしなければアイツが溺れて逝ってしまう様な。
何処か切迫した様な焦燥に反し、オレは手を伸ばす事も声を掛ける事も出来なかった。学校の違うアイツとは其れより後1度も会わず終い。あそこで立ち尽くしていた理由も、今何をしているのかも、生きているか否かさえ、何も定かではない。
ただ、其れでもオレの記憶に、胸中に、残留して幾年経とうと褪せる気配さえ見せなかった。
「もし窓の外にまた、アンタが居たら」
思う。もしも此の雨の中、またアンタが立ち尽くしていたなら、オレは。
オレは今度こそ手を伸ばせるのだろうか。
意識を浮上させた煩わしい程の雨音を聞きながら、オレは先輩から視線を戻すとまた窓の外に目を向けた。視界さえ煙らせる景色の中、名前しか知らない様なアイツの姿はやはりと言えばやはり、見付けられない。
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