わかれのとき

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誰だって…野本を前にすれば錯覚するに決まってる……。 ふと、そんなことを思いながら、彩香は肩にもたれたままの野本の頭を撫でた。 「少し…時間をいただけませんか?野本さんが…許してくだされば…ですけど……」 別れるには理由が曖昧過ぎるし、このまま関係を深めるにはお互いの気持ちのズレが大きすぎる。 ピクリと反応した野本が、彩香の肩から顔を上げると、その瞳で顔を覗き込んできた。 「別れる…わけではなく?」 「あっ…と、野本さんが…別れたいのであれば…仕方ないです……」 言った後で、おや?…と、思ってしまったが、もう遅かった。 まるで彩香が別れを渋っているみたいに聞こえるではないか。 やはり、ホッと息を吐いた野本は、緊張した顔を一瞬でほころばせて胸を撫で下ろしていた。 「こんな経験…今までなかったから。自分のために思い悩むことはあっても、誰かを想って悩む事は無かったから…さすがに疲れました」 そう言いながら、野本は彩香を腕の中に閉じ込めた。 野本の腕の中で、また、心臓がドクドク音を立て始めると、分からなくなる。 「あなたが別れたいと言うのなら、身を引くべきかとも思いました。でも…諦めたくなかった」 例え彩香のその感情が錯覚だとしても、そばにいてくれるのなら、それでもいいと思う自分がいた。
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