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「てめぇ、邪魔してんじゃねーぞ、こら!」
解剖医、緋浦亜理紗が、研修医に睨みを利かせた。思いがけず怒らしてしまったらしい研修医は、怯えて手に持っていたトレーを落としてしまった。
ガランガラン…と、金属製のトレーが床の上で音を鳴らすと、
「うっせーなぁー!出てけよ!」と、また緋浦に怒鳴られる。
またやってるよ…と、周囲の視線を浴びても、緋浦が気にする様子はない。
「邪魔!」
眉を吊り上げ、自分より背の高い男に吠えると、尻尾を下げるように彼は部屋を出ていった。
たぶん数分後に彼は辞表を持って戻ってくる。
緋浦はこの調子で去年一年間に6人の新人を辞めさせた。
台の上の頭蓋骨のレプリカはだいぶ人間らしくなってきた。粘土を使って人の顔を復元し始めてから1日が経とうとしている。
何件か解剖が入ったから、復元の仕事になかなか集中できなかった緋浦だが、今日は仕事が休みだから、一晩泊まり込んだようだ。
「なに?亜理紗ちゃん、寝てないの?」
様子を見にやって来た緒方が、緋浦の側まで来ると、缶コーヒーを差し出した。
「ここで飲めるかよ!冷蔵庫入れとけ!」
完全にスイッチが入っているらしい緋浦を見て、緒方は笑った。
仕事となると周りが見えなくなるようで、言葉遣いも怒鳴り声もいつもより迫力を増す。たぶん、今声を掛けたのが緒方ではなく院長だったとしても、彼女は同じことを言うだろう。
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