始まり

1/13
61人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ

始まり

 その日のことを慶一郎はよく覚えている。  父の葬儀の一式が終わった秋の物悲しい季節。その日は特別寒かった。人は寒いと寂しい気持ちになるというのは本当のことかもしれない。  父が亡くなって妹と二人。そんな境遇になった慶一郎を大学の友人たちは優しく接してくれる。  みんなが気を遣ってくれているのはわかっている。父親を亡くした友人にどう声をかけていいかわからないはずなのに、皆が心配して話かけてくれる。本当に良い友人たちなのだ。けれど、そんなやさしさが慶一郎には少しだけつらかった。  そしてその日は、どうしても人と顔を合わせたくなくて、慶一郎は午後の講義をさぼってしまった。感情のままに自主休校するなど真面目な慶一郎にとって初めての行為だった。  罪悪感を抱えたまま、産右(うぶう)神社のおひざ元にある小さなお店に向かった。  もっとも、その店はまだオープンしていない。ここで静かに開店の時を待っていた。  けれど、それもいつのことになるか。  慶一郎は風通しを兼ねて、毎日ここにやってくる。  ここは亡くなった父が残した店だ。     
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!