始まり

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「僕はまだ若すぎます。あまりに経験がない。父の夢であるこの店を一人で切り盛りする自信がないんです」  それはあまりに当然のこと。簡単な気持ちで店など背負ってはいけない。 「そうか」  そこで彼はコーヒーの最後の一口を飲んでぽつりと、 「私はまたこれを飲みたいと思ったのだがな」  あまりに飾り気のない言葉だった。別段、彼に何らかの褒めるという行為があったわけではないだろう。それは今までの言動を見ればわかること。  だからこそ、……響いた。  砂漠で行き倒れた人間が一粒の雨に出会ったように。  たった一粒の水滴でのどの渇きを潤すことは到底出来まい。手に持っただけで、乾燥した皮膚に吸い込まれてしまうだろう。  それでも、この乾燥した世界にまだ雨が降るかもしれないという期待が持てる。  光明ではない。そこまでのものではない。  でも、もしかしてと思わせてくれる何かがあった。  だから見ず知らずの人にこんな問いをしてしまったのかもしれない。 「僕が店を開けたら、僕のコーヒーをもう一度味わってくれますか?」 「約束はしない」  それから少年は一呼吸を置いて、まっすぐ慶一郎を見据えて言った。 「けれどもし、その機会があったならば、今度は味がわかる自分でありたいと私は感じる」    これで彼との物語は終わりだ。     
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