61人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
慶一郎は父とは生前キャッチボールなどしたことがない。その代わり、父はよく慶一郎と妹の愛歌を甘味屋に連れていってくれた。それが甘味研究だったのか、子どもとのコミュニケーション手段だったのかは今では確かめようがない。
それは両親が離婚する高校生まで続いた。
両親は価値観の違いから離婚した。慶一郎と愛歌は自然と父の元で暮らすことになった。
だからと言って生活が大きく変わることはなかった。もとより家事は父がしていたし、もうその頃には子どもたちもそれを手伝うスタイルになっていた。
ただ一つ。甘味めぐりはなくなった。
時間がなくなったわけでも、お金がなかったわけでもない。ただ、家にこもる家族に気を使う必要がなくなっただけだ。
その代わり、日曜になると父と二人、甘味を作ることになった。
和菓子が好きだった父だが、特別修行をしたわけではない。ただ、抹茶のアイスやあんこを手作りして、慶一郎がホットケーキを焼いてそれに乗せる。それに黒蜜をかければ立派なおやつになった。妹が夢中で食べるのを見て、二人は幼い子が喜んで食べる和系スイーツ作りに没頭した。
そのうちに父は若いころの夢を思いだしたらしい。
甘味処を開きたい。そんな夢を抱いて、いろいろと忙しくしていた。料理研究をしながら、土地を探し、経営プランを立てる。
そうして店ができあがったころには慶一郎は大学生になっていた。
最初のコメントを投稿しよう!