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しかし、父はすべての準備を終えた段階で他界し、開店することなくお店は残ってしまった。
ここには父との思い出がたくさん残るけれど、不思議と寂しい気持ちにはならない。
(あぁ、そう言えばここで父さんと喧嘩をしたっんだっけ)
父と言い争いになったのはこの店のことが原因だった。
父は和風の喫茶にこだわった。けれど、慶一郎は喫茶店ならばコーヒーを出してもいいんじゃないかと提案したのだ。
「コーヒーを好きな人は多い。なら和風だからという理由で除外せずに、喫茶店なのだから出すって姿勢でもいいんじゃないかな」
「抹茶の香りとコーヒーの香りがぶつかるだろ?そしたら両方の良いところがなくなるじゃないか?」
そのことで試行錯誤の挙句、父は「慶一郎が淹れるならば」という条件で、認めてくれた。
もっともその辺りは私物のコーヒーメーカーを備えただけだが。
慶一郎は店の掃除をすると、いつものようにコーヒーを作ってカウンターでそれを味わう。
「……」
所詮素人の入れたコーヒーだ。父の意見を取り入れ、豆も選んだが、やはりそれは店で出す味ではないと、慶一郎は思う。
(本格的に勉強できればいいんだけど、ツテがないんだよな……)
いや、それ以前にこの店を開くという意志もおぼつかない。
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