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フォークが苦手なのだろうか。沿えたフォークには目もくれず彼は仏頂面で尋ねる。慶一郎は特別それに意見することなく、箸を差し出した。
少年はシフォンケーキを箸で切って口に運ぶ。それからしばらく止まっていたが、次にアイスも器用に箸ですくって食べた。
そして口に入れた瞬間、彼は初めて感情らしきものをあらわにした。
驚いたのか、口をおさえる。
その瞬間、慶一郎は彼の周りがきらめいたような不思議なものを見た気がした。……もちろん、そんなことはないだろうが。
「これは……冷たい……」
アイスを食べたことがなかったのだろうか。
まぁ、今までの経緯を見るにかなり世間からずれた感性の持つ主だということはわかっていたが……。
本当に彼は何者で、父はどうして彼と知り合ったのだろう。
ここで店をやることや亡くなったことを知っているのだから、何かしらの交友はあったのだろうが、この突然訪れた客の正体がまるで分からない。
「熱い……」
ブラックのままのコーヒーを一口飲んだ後、もう一度アイスを口に運ぶ。
「冷たい」
口にしているのはただ温度の事実だけ。けれど慶一郎にはわかる。
彼の顔には乏しいながらも表情らしきものが現れる。目には目の前の皿とコーヒーしか目に入っていない。
「熱い……冷たい……熱い……」
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