煙が目に染みる

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『食えないなら無理に食わなくていいけど、水だけ多めに飲んどきな? 胃ぃ悪くなるから』 「……あ、はい」 『直行する。お見舞い行くよ』  暗に来訪を拒否したつもりが、会話の流れは正反対へ。誘導ミスをした慧斗は当てが外れた思いで、声しか伝わらない相手につい、右手を上げてストップのジェスチャーをした。 「いいですそんな―――乾さんあの」 『ん?』  その先のせりふを用意していた訳ではないから、どうせ口篭もってしまっただろうけれど。呼びかけておいて言葉を切った理由は、そればかりではなかった。 「ごめん切る」  予測もしなかった突然のことに、感じの悪い言い方になったのを許して欲しい。正確に終話ボタンを押せたかどうか判らない。ベッドに携帯電話を放り投げると、慧斗はユニットバスに掛け込んだ。  床に膝をついて、便器の蓋を開け、胃からせり上がって来たものを吐瀉する。消化途中の食べ物と、水分、胃液、それらが交じり合い、食道や喉を逆流し、勢い余って鼻の奥を蹂躙しながら口から吐き出された。  ケホッ、ケホッ……ケホッ、咳き込みながら切れ切れに嘔吐する度に、喉がかすれて焼けていく。滅多にないことだが、悪酔いした時にはこんな状態になる。今の原因は酒ではなく、いつもなら喉に来るはずのウィルスなんだろうか。風邪で吐くのは初めてなので、ただショックが大きい。  ゴホン、最後に一段と強い嘔吐感がして、またリバース。ひくつく喉や横隔膜が治まるまでしばらく、便器の縁に顎をつけた状態で待つ。これでラスト? たぶん、ラスト。自問自答してからトイレットペーパーで口を拭い、コックを引いた。ジャー。  直視はしなかったけれど、出たとすれば休憩時間に食べたピザまんと、セール中のホットミルクティーしかない。すえた息苦しさのなかでそう考えながら、口に残るひどく不味い痰を、吸い込まれていく水の中に吐いて捨てた。
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