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特に潔癖症ではないが、コンスタントに風呂に入る習性くらいはあるので。臭いを落とすためにもシャワーを浴びて、歯を磨き、ドライヤーで髪を乾かす。デジタル体温計は38.5℃で止まり、慧斗は気だるい身体を持て余しながらベッドに潜り込んだ。むかつく胃のご機嫌を伺いながら、寝やすい姿勢を模索している途中でチャイムが鳴る。
ピンポーン。
それを無視して、上掛けの中で背中を丸める。もしもほんとうに自分に用事がある人ならば、施錠されたドアを開けるためのアイテムを持っているはず。ガチャン、想像どおりドアは外から開けられて、最初に目に入ったのは深い色のジーンズだった。
「無事かー?」
間延びした声の主を見上げて、慧斗は同情を訴えた。
「……吐いた」
「かわいそうになあ」
ともすればギャグになりそうなせりふも、穏やかなトーンが彼の真意だと知らせてくれる。そして万事に腰の軽い乾は、やって来た早々にドアを指差して提案するのだ。
「病院行く? 連れてくよ」
「今はちょっと……寝てたい」
「そうだね、今日は様子見ましょうか。熱計った?」
「……八度五分」
「わ、たっけえなぁ」
乾は慧斗の申告に嫌そうに顔をしかめて、手に持った、コンパクトな白い装置を床に置いた。
「あ、これね、加湿器の出前」
説明されればそうと納得できる品物だが、彼の部屋でこれを見たことはない。
「……持ってたっけ」
「持ってるわけないじゃん。二見さんち寄って強奪してきた。まだ出勤前だったから」
「……強奪」
途方に暮れて呟く慧斗を、あっさり笑い飛ばす。
「うそ。きみ、あいつのお気に入り」
何かあったのだろうと推測することしかできない、あいつ、のところだけは眉根を寄せて、加湿器から給水タンクを取り外す。
キッチンに立って水道を捻る後ろ姿を眺めていると、振り向いた彼にやんわりと笑いかけられた。
「見てなくていいって。寝ててください、勝手にやるから」
「……うん、あの」
「んー?」
「あ、べつに……」
看病されるんだ。
急に覚えた実感が、慧斗を不思議な気分にさせる。被った上掛けの隙間から、なお乾の作業を盗み見て、彼がこちらにユーターンするのと同時に目を瞑った。
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