煙が目に染みる

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煙が目に染みる

 毎日の違いといったら、曜日くらい。曇天時々雪、が続く週の真ん中。  駅前の大通りには、今朝もちらちらと雪が降っている。スクランブル交差点で、赤信号に引っかからないことはほとんどない。駅へ向かう通勤や通学の、色とりどりの傘の流れをぼんやり眺めながら、寒気に肩を縮めた。  フルフェイスのヘルメットではないので、バイザーの下にゴーグルを嵌めて、ダウンの襟を引っ張って口元を隠しても、他のパーツより少し隆起した鼻だけは隠れない。冷気につうんと痛むので、必要以外に鼻から息を吸うことはしたくなかった。信号が青に変わり右折を終えても、カチッ、カチッ、カチッ、信号待ちの間じゅうずっと点けっぱなしにしていたウィンカー音が、ドップラー効果のように頭蓋骨の中に取り残されている。  しばらくはメイン道路を、車の横をすり抜けながら走り、細い道に入る。アパートの手前の十字路には一時停止の標識があるので、速度を落として、一時というか一瞬停止してまた発進した。屋根に霜が降りた駐輪場に、エンジンを切ったバイクを停める。車輪をチェーンで固定するだけの作業が、分厚いグローブをしていると大仕事になってしまう。留め具を捻り、一度引っ張って外れないことを確認してから、慧斗は階段をいつもそうするように一段抜かしで上った。  右手のグローブを外して鍵を開け、狭い玄関でスニーカーを脱ぎながら額に手を当てる。冷え切っているのであまり参考にならないが、それでもたぶん、熱はあるんだろうな。  年明け早々に、風邪を貰ったらしい。
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