愛は地球を救わない

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 何故、あたしはこんなところにいるのだろう。何故、みんな黒い服を着ているのだろう。どうしてみんな泣いているのだろうか。  パイプ椅子に座っているせいか、尻が冷えて痛んでしょうがない。今すぐにでも、こんな白けた空間から逃げ出したいけれど、逃げることは大人として許されそうにもない。きっと、高校生のときのあたしなら、適当な理由をつけて出て行くだろうな。  そういえば、通夜に出たのは何年振りだろう。  たしか、おばあちゃんが死んで以来だっけ? あんまり覚えていないな。中学校のときだったっけ。悲しいなんて感情もろくにわかなかった気がする。たいして話してもなかったもの。  周りの子たちはわんわん泣いてる。多分、あの子たちは、大してあいつと仲良くなかったのに、変なの。あたしはあいつの親友だったはずなのに、涙の一つも出やしないなんてさ。  祭壇のほうには、焼香をする人が集まっている。あたしもさっきやってきたけど、不思議な気分だ。祭壇に飾られている大きな菊の花も、あいつらしくない。どちらかっていうと、葬式なんてしてもらいたくないって人じゃなかったっけ? 写真が嫌いなくせに、ちゃんと笑顔の写真まで撮ってたなんて信じられない。  じっと耐えていたら通夜も終わった。することもこれといってないから、早足で会場を去ろうと試みた。  会場の外にも人が大勢いる。それぞれ話したり、泣いたりしている。 「あの、田中里香さんですよね」  後ろから声をかけられて振り向いたら、よく知らない顔の女性がいた。よく知らないだけで、まあまあ知っている。だって、あいつの奥さんだったし。  女性は控えめな微笑みを浮かべていた。なんていうか、あたしの苦手なタイプなのだ。おしとやかで、料理と裁縫くらいしか得意なことがなさそうな、典型的な人。飲み会じゃきっと、シーザーサラダを頼んで、平気な顔をしてみんなにそれを分け与えるのだろう。 「いつ以来ですかね? お久しぶりです。こんな場で再会するだなんて思ってもみませんでした」 「ええ、ご愁傷様です」 「ありがとうございます」  ご丁寧に礼までしてくれた。彼女の嫌いなところがあるなら、こういうところだろう。 「旦那はよく、あなたの話をしていました。あなたとはほとんど話していないのに、どこか友達になったつもりでいました」  はあ、としか返せないが、自分なりに丁寧に頷いた。
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