2人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
何故、あたしはこんなところにいるのだろう。何故、みんな黒い服を着ているのだろう。どうしてみんな泣いているのだろうか。
パイプ椅子に座っているせいか、尻が冷えて痛んでしょうがない。今すぐにでも、こんな白けた空間から逃げ出したいけれど、逃げることは大人として許されそうにもない。きっと、高校生のときのあたしなら、適当な理由をつけて出て行くだろうな。
そういえば、通夜に出たのは何年振りだろう。
たしか、おばあちゃんが死んで以来だっけ? あんまり覚えていないな。中学校のときだったっけ。悲しいなんて感情もろくにわかなかった気がする。たいして話してもなかったもの。
周りの子たちはわんわん泣いてる。多分、あの子たちは、大してあいつと仲良くなかったのに、変なの。あたしはあいつの親友だったはずなのに、涙の一つも出やしないなんてさ。
祭壇のほうには、焼香をする人が集まっている。あたしもさっきやってきたけど、不思議な気分だ。祭壇に飾られている大きな菊の花も、あいつらしくない。どちらかっていうと、葬式なんてしてもらいたくないって人じゃなかったっけ? 写真が嫌いなくせに、ちゃんと笑顔の写真まで撮ってたなんて信じられない。
じっと耐えていたら通夜も終わった。することもこれといってないから、早足で会場を去ろうと試みた。
会場の外にも人が大勢いる。それぞれ話したり、泣いたりしている。
「あの、田中里香さんですよね」
後ろから声をかけられて振り向いたら、よく知らない顔の女性がいた。よく知らないだけで、まあまあ知っている。だって、あいつの奥さんだったし。
女性は控えめな微笑みを浮かべていた。なんていうか、あたしの苦手なタイプなのだ。おしとやかで、料理と裁縫くらいしか得意なことがなさそうな、典型的な人。飲み会じゃきっと、シーザーサラダを頼んで、平気な顔をしてみんなにそれを分け与えるのだろう。
「いつ以来ですかね? お久しぶりです。こんな場で再会するだなんて思ってもみませんでした」
「ええ、ご愁傷様です」
「ありがとうございます」
ご丁寧に礼までしてくれた。彼女の嫌いなところがあるなら、こういうところだろう。
「旦那はよく、あなたの話をしていました。あなたとはほとんど話していないのに、どこか友達になったつもりでいました」
はあ、としか返せないが、自分なりに丁寧に頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!