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「だから、是非、通夜振る舞いにも参加してください。里香さんからも、晃の話を聞きたいんです」
「面白い話なんて一つもありませんよ」
「一つくらいあるでしょう」
一つどころじゃない。ざっと数えても二十は優に超えている。だとしても、彼女に話す義理なんてない。ただ、可哀想な未亡人を目の前にして、無下にもできない。一つくらい思い出をわけてあげよう。
「卒業って映画をご存じですか?」
鞄の中にあったペットボトルのお茶を取り出して、一口飲んだ。
「卒業? 日本の映画ですか?」
「ああ、知らないんですか。アメリカンニューシネマの名作ですよ。見ておいて損はありません」
このエピソードをチョイスしたことを、少し後悔した。あいつは映画オタクだったのに、まったく映画も知らない女と結婚したのか。よく結婚生活を続けられたものだよ。
「最後花嫁をさらうんですけど……」
女性は、アッと声を上げた。
「それで思い出しました。知っています。旦那と一緒に見た覚えがあります。内容はよく覚えていませんが」
胸をなでおろす気持ちだった。ペットボトルを鞄の中にしまう。
「最後のシーンで、晃くんは号泣しだしたんです。いつもはアクションだとか、西部劇ばかり見ている彼が、あんな映画で泣いたんです。逆に私はなんだか、笑いがこみあげてきちゃって、笑っていました。だって、二人は自業自得ですもん。いつか「どうしてこいつをさらったのだろう。ばかなことをしたな」と後悔するに決まってますもん」
晃が泣いているところを見たのは、たしか三回しかない。その一回が、卒業のラストシーンだ。ニューシネマパラダイスや、レオンを見たって泣かなかった彼が、唯一あたしと一緒に見て泣いたのだ。あのときは、何が何だかわからなくって、きょとんとしてしまったっけ。二十の頃だった。おばあちゃんが死んだときの歳は覚えていないけど、あのときの歳はよく覚えている。
「旦那は、感情移入をしやすい人です。だから、何か感じるものがあったんでしょう」
「昔の恋でも引きずっていたんでしょうかね」
「さあ。誰にだって、初恋や、忘れられない恋くらいはありますから」
「私は、晃と仲が良かったですけど、そんな話は一度も聞いたことはありませんよ」
「私も聞いたことがありません」
嫌みの一つもない口調が嫌いだ。本音がどうなのかは定かじゃない。知ったものか。知りたくもない。
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