愛は地球を救わない

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 彼女はすっと綺麗な旋律を辿って、背中を向けた。「じゃあ、これから別の方にも挨拶をしてきますので」  あたしも、会釈をして、にっこりと微笑んだ。  通夜振る舞いになんて出てやるものか、と意志を固めた。  通夜が終わって、さながら幽霊の如く会場を立ち去った。存在感がないことには定評があるため、誰にも呼び止められることもなく、逃げ出せた。  晃との共通の友人もいなかったし、声をかける相手もいなかった。通夜振る舞いになんて出てみろ、グループ分けしてあぶれた高校時代を思い出して悶えること間違いなしだ。  結婚してから、いや、信二さんに出会ってから、苦手なことでも我慢するようにしてきた。ディズニーランドデートだとか、親戚付き合いとか、あと、子育てとか。そうはいえど、今日は我慢ならなかった。何故だろう? ひょっとしたら、晃が死んでちょっとは悲しいのかもしれないわ。  今日は全国的に雨模様らしい。電車に乗るのが億劫で、タクシーを拾って家に帰った。運転手に、「友達が死んだんですよー」なんて愚痴でもこぼしてやろうか、と考えたがやめた。いくらこちらが明るく言ったって、戸惑われるか、同情されるかの二択だろう。何より、絡まれる運転手が可哀想だ。あたしが運転手で、友達が死んだと嬉々として話されたら、ミステリー小説ばりの展開を予想するもの。それくらい奇異なことだ。  家はタワーマンションの二十階にある。信二さんは、特別高収入ってわけじゃない。ただ、親が高収入だ。それに比べて、あたしの親ときたらなんて平凡なんだろう。中小企業のサラリーマンだ。子供を二人大学に進学させたせいで、今はカツカツの生活をしているそうだ。哀れなので、たまに仕送りをしているが、善良な両親は困り顔で「奈々に使ってやりなさい」と言ってくれる。ちなみに、奈々はあたしの娘だ。  帰宅すると、奈々が出迎えてくれた。「おかえりー、結構早かったね」と、長い髪をバスタオルでくるんだままで、玄関にまで出た。 「通夜に出ただけだからね」 「通夜かあ。どんな感じ?」 「楽しくはないよ」 「だろうね。つまらない?」 「せめて、お経の意味がわかれば楽しいんだろうけど。中学の数学の時間のほうがまだましよ」 「あはは。そりゃあ、つまんないや」
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