三、月とユクリ

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(……そもそも、言い聞かせねばならぬほどの理由とは、一体何なのであろうか)  せっかくのめでたい話なのに、どうしてこんな(うれ)わしい感情を抱かねばならぬのか、と──。  それは、心の引っ掛かりが自分の中にあるからではないだろうか──と、ユクリは考えました。 『ある者を贔屓しすぎると却ってその者を不利にし、その者のためにならない』 『エニシは、邑人の一部分に過ぎない』  祭りの後に聞いたヨスガの言葉を思い出すと、ユクリの心の中は激しく渦を巻くのです。  ユクリは、自分の胸を押さえました。  胸の奥がしくしくと声無き声をたて、(すす)り泣いているのを感じました。  そして、気付くのです。 (これは、贔屓などではない。贔屓などではないのじゃ)  ユクリは、決心しました。  それは、婚礼の衣装合わせに駆り出された女中たちの隙を突き、館を飛び出す事──  つまり、ヨスガの目の届かない隙を突いて、夜にこっそりと館を飛び出す事でした。
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