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「さぁ、ユクリ様、誰にも見つからぬうちにお早くお戻りにならなければ。女中たちにはうまく取り成しましたが、いつまで持つか──」
そう諭され、ユクリはヨスガの機転に感心すると共に労を労いました。
ユクリとエニシは、ここでお別れです。
「あ、待ってたも。エニシ、これを……」
と、ユクリは借りた羽織をエニシに返そうとしましたが、エニシは「いや、いいんだ」と咄嗟に制しては、一瞬、ヨスガの顔色をうかがい見ました。
ヨスガはエニシの心情を察し、穏やかに頷いて外方を向きます。
本来なら一邑人がユクリに馴れ馴れしい口を聞くなど到底許されない事ですが、今この時だけ、エニシにだけはユクリに対する不敬をヨスガは許したのです。
「エニシ……この羽織は、返さなくてよいと申すのか?」
きょとんと自分を見上げるユクリに、エニシは照れたように頷きました。
「ああ……。いや、そんな粗末な物をあげるなんて、無礼にも程があるんだろうが……」
「そんな事はない!」
ユクリはブンブンと首を横に振り、嬉しそうに目を輝かせては羽織をぎゅっと掴みました。
「嬉しいぞエニシ……ありがたや……。大切にする。わらわはこれを、今生の宝物とするぞ」
「ああ……」
そんなユクリを見ながら、エニシは愛しむように──やわらかく、そして哀しむように笑って頷きました。
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