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三、月とユクリ
ユクリが祝言を挙げる相手は、隣邑の邑長の息子の一人でした。
一人娘であるユクリに婿入りをするという縁組みでした。
この邑の格式をさらに高めるために由緒正しき血を取り入れるという仕来たり、そして隣邑との結束を一層強める目的のため、ユクリはこの結婚話を定められた宿業として受け容れなければなりません。
──婚礼とは、愛でするものではなし。
結ばれて初めて愛が育まれるものなのです──。
学問所を修了してから館に籠もり、礼儀作法を学ぶ一環として花嫁修行というものをしてきたユクリは、何度もそう言い聞かされてきました。
ユクリ自身、自分の立場や役割というものをよくわかってきたつもりでしたし、この婚礼も邑のため──そう何度も何度も、自分の心に言い聞かせてきました。
しかし──
ユクリは、『言い聞かせる』事にこんなにも胆力を注いでいる自分自身に気付き、訝しい気持ちを抱きました。
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