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馬鹿げた話だ。そもそも僕は、コンタクトレンズをつけていても両目共に視力が〇.五程しかなく、思えば僕のいた場所からは十メートルも離れていない店の入り口付近に立っていた男の表情もよく見えていなかったというのに、煙草が落ちて行く様が細部まで見えていたはずも無かった。あたかも記憶のような顔をして図々しく出張って来る件の煙草落下シーンは、後になって僕の脳が作り出した単なるイメージに過ぎない。こういうことを言うと、それは使い古された在り来たりな説明だ、とか、きちんと根拠はあるのか?とか、お尋ねになる論理的でロジカルな思考をお持ちの方も少なからずいらっしゃるだろうが、では僕からそういう方々に申し上げたい。土突きまわしたろかい。 言うならば、どちらでも言いのだ。何かの弾みによって僕の秘められた能力が覚醒し、その時だけ劇的な視力を発揮したというのが真実だったとしても、僕にとってはどちらでも良い。僕は現に今も目が悪く、視力は落ちる一方で、目の中に丸く透明な異物を入れ、不快な思いをして過ごしている。レーシック手術は怖いのでこれからも受けることはないだろう。僕の気持など、誰にも分かるまい。 どちらにしろ、男の手から煙草はすり抜けて落下し、僕はその後気絶した。     
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