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もっと厳密に言うとその直後、思考が現実から遮断された、というわけではなく、どちらかと言えば、泥沼に放り投げられた石がゆっくりと沈んでいくような、水の中で氷が徐々に溶けていくような、そんな感じの穏やかな気絶だった。まず、視界が〇(ぜろ)になった。文字通り目の前が真っ暗になる、というやつで、黒い遮光布を頭から被せられたように、全く何も見えなくなった。次に方向の感覚を失った。上下左右の区別が全くつかなくなり、無重力空間に突如放り出されていた。体はバランスをなくし、僕は自然と立っている事ができなくなったわけだが、仰向けに倒れたのか、うつ伏せに倒れたのか、はたまた宙に浮いたのか、分からない。頭を打ち付けた痛みが無かった。或は痛みを感じていたことを思い出せない。 その後、銃声が一発あった。僕はその時、自分が撃たれたのだと思った。死ぬのかあ、嫌だなあ、といったことを考えようとしたが考えるのも面倒だった。誰かの悲鳴が聞こえた。どこから声出してんねん、と言いたくなる感じの悲鳴だった。 店内は大騒ぎになっていた。僕の耳には、まるで室内プールの中にいるように、ぼわんぼわんと膨張し収縮している音声が入りこみ、それが奇妙に心地よかった。何でや、頭撃ちよったぞ、死んだんか、怖い、怖い吐きそう、子供は見るな、見たあかん、誰か倒れてる、誰か警察、先に救急車も、早く、早く。 どこか遠い、遠いところで、泣きわめく男の声が聞こえた。嫌やー、死ぬのは嫌やー、助けてくれ誰かー、痛い、痛い。     
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