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だが、借りた金を返さない、というのは俗に言う借りパク、という行為であってそれは窃盗罪に値するのではないか、刑事責任を問われるのではないか、と危惧する方もいらっしゃるだろうが、真剣にお答えすると、そんな心配はない。何故なら僕くらいにもなると、その人間と少し付き合えば「すぐに諦めてもらえそうな額の上限」が読めるようになるからだ。つまり、借り逃げをしたら告訴される危険性のある大金をせびったりしなければいい。それはまともじゃない人間のやることだ。それに僕だってそこまで金に困っているという訳ではない。そんなささやかな、小遣い程度の金で、相手は騒ぎ立てたりしない。警察に言ったり周りに相談しようものなら、金を貸した本人の方が恥をかくことになる。でも、出来る事なら返してほしい。しばらくは連絡が来る。無視する。その内諦めてくれる。もう諦めよう、大した金じゃないし、自分が恥をかくくらいなら…みたいな、妙なプラ イドを持った人間は割に多くいるようで、そういう人間が僕に金を貸してくれる。「出し惜しみは男が廃る」みたいな事を思っているに違いないが、それは全く立派なことであり、すごいすごい、げっついわあ、と僕は思う。特に僕より年上の男は大抵そうだ。 僕なら絶対に、一円たりとも他人に金を貸すようなことはしないし、万が一何かの手違いにより六百円くらいを貸したとしても、この手に返してもらうまでは必ずやこの世の果てまで追いかけ、最悪の場合借り逃げをされる、というようなことがあった場合、地獄の底へ突き落すだろう。 もちろん、金を借りる相手はその時期により、きちんと選んだ。既に卒業した学校の先輩、学生時代のバイト先の店長、別れた女の今の恋人…通り過ぎて行く時間と共に僕の人生から消えたとしても何の問題も無い人間たち。 そうして金を借り、連絡を絶やす度に僕を信用し友人として見る人間は消え、それに比例して僕を忌み嫌い、二度と関わるまいと僕のアドレスを消す人間が増えて行く。オセロ盤の白石が次々とひっくり返され、段々と黒く埋め尽くされていくように。けれども、だからと言って何なのだ?     
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