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「紫陽花って色を変えるでしょう?あれはより美しくなるために色を変えていくんですって。なんだか素敵よね。」
彼女は愛おしそうに花を眺めながら続ける。
それは僕に話しかけるというよりも独り言のようだった。
「変わらないものなんてないもの。どうせなら綺麗でありたい。」
その目は憂いを帯びていた。
「君は十分美しいよ。」
僕は思っていたことをそのまま打ち明ける。
彼女はそれを聞いてどこか寂しそうな表情をした。
しばしの沈黙の後、彼女の口が静かに動く。
「そんなことないわ。ここは貴方の夢だから、外見なんてどうにでもなる。でもね、私の人格だけは私が作ったものだから、中身はそう…醜いものよ。」
「どうしてそう思う?」
「だって…」
彼女は言葉を詰まらせた。
次の言葉を僕はただ待ち続けた。
「人の気持ちは移ろうものでしょう?この紫陽花みたいに。そうして貴方もいつか、きっと私を忘れていくわ。貴方は現実の中で歳をとり、誰かを愛し、家庭を築き、幸せの中で朽ちていく。それは正しいことだし、本来はそうあるべきだということは、わかっているの。」
彼女の瞳に湿度が生まれる。
じんわりと、あたたかな熱だ。
「だけど、私はそれを喜べない。貴方が現実へと帰るたび、どれだけ行かないでと願ったことか、貴方は知らないでしょう?私は…現実の世界に貴方を取られたくないの。抗えないものに嫉妬で狂いそうなのよ。」
彼女の濡れた瞳が僕を映した。
じっと見つめるその目に思わず吸い込まれそうになる。
彼女は僕の体にその細い腕をまわした。
たった一人この世界の中で抱えてきたはずの孤独が、彼女の腕を通じて僕の中に伝わる。
僕は、彼女の抱くその感情を知っている。
ここが夢の中で、彼女が僕の作り出した幻想なのだとしたら、彼女は僕の中の深層心理そのものなのかもしれない。
忘れないで
変わらないで
『必要とされたい』
彼女に抱いた懐かしさの正体に、僕はようやく思い至った。
「ねえ、わがままを言っていることは分かってるの。でも私は、貴方のそばにいたい。この先もずっと、このまま二人で。」
きゅっとその手に力がこもる。
その震えた声に、僕は静かに心を決めた。
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