田尾が、教えてくれたこと。

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ボールが飛んだ。正確には、飛ばされた。 我らがエース・田尾の放ったストレートがキィン、と小気味良い音を立てて、相手の7番バッターに弾き返された。キャッチャーミットとは真逆の方向へと一直線に走っていく。青い空を目指して突き進むボールが、俺にはちょっとだけ羨ましく思えた。あんな速度でどこかに行けたら最高に爽快だろうなと、砂煙の立ち込めるベンチからぼんやり見ていた。 7月20日、夏休みの最初の日。夏の甲子園・県予選、第1日目の第一試合で、始まったばかりの俺たちの夏は終わった。高校生活のほとんどすべてを賭けてきたはずのものが、2時間で強制終了された。けたたましいサイレンがスタンドの溜め息をかき消してくれた。初めて、サイレンの有り難みを感じた。 9回裏に逆転サヨナラホームランで負けるという、ありがちだけど何とも劇的な幕切れ。俺たちが夢に見ていたメークミラクルとは真逆の展開だった。こんなミラクルは当然、望んでいなかった。 白球がセンターの頭上を超えた瞬間、俺にはフィールド内の空気が一気に冷めたように見えた。まるで風邪でも引いたみたいに、俺自身の身体もすんっと冷えていった。35度を超える炎天下でも凍えることがあるのだと、俺はそのとき身を以て知った。きっと相手チームは逆だったに違いない。持っていたはずの熱を、希望を、俺たちは一瞬で吸い取られた。 田尾は、外野を振り返らなかった。微動だにせずただ一人、じっとホームベースを見つめていた。マウンド上に立ち尽くしたまま、試合終了のサイレンを聞いていた。
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