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泣けないのだと、俺にはわかった。
いくら全員野球、勝敗は連帯責任といっても、打たれたのは田尾だ。その悔しさは推し測って余りある。俺が打たれなければ、俺が投げなければ、俺がここにいなければーー 。自分が仲間の明日を奪ったのだ、夢を殺してしまったのだと責めていたに違いなかった。
ぽとり、ぽとりと田尾の頭から汗が滴り落ちるのを、俺はただ見ていた。プライド高き「1」の数字が、田尾の代わりに泣いていた。濡れながらもエースナンバーは、誇らしげにキラキラと光り輝いていた。雪や雹より冷たく、凍えそうな汗が、真夏の太陽に乱反射して虹を作っていた。大丈夫だ、誰もお前のせいなんて思ってない。お前で負けたんなら、俺たちの誰が投げても打たれてた。悔いなんてない、感謝しかない。
すぐにでも駆け寄ってそう言ってやりたかったのに、言えなかった。それは多分間違いなく、俺の中に「俺がもっと本気で練習して、田尾以上のピッチャーになれていたら、今とは違う結果があったはずだ」という後悔があったから。青春を賭けてきたと言っても、一度もサボってないかと言われるとイエスとは答えられない。手を抜いたことはないかと問われれば、目を逸らすことしかできない。
俺たちが田尾を孤独にしてしまった。あいつから夢はおろか、涙さえも奪ってしまった。俺たちの罪が露呈した決定的瞬間だった。あいつから涙を奪った俺が泣くわけにはいかない。俺にそんな権利はない。頑張ったのに、一生懸命やったのになんて悔しがることなど、許されるはずがなかった。
あの後悔を、冷えきった汗の温度を、孤独な背中を、背番号「1」の美しさを。俺は今も忘れられない。田尾が教えてくれたあの罪を背負って、俺は今日も生きている。後悔しない、させない毎日を送るため、一秒一秒を真剣に、今日も生きていく。
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