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―ここはどこだ?   何も見えない。何も聞こえない。いや、何か音がする。人の声か。俺は何をしていたんだ?  何か節々が痛むな。そうだ。俺は病気だったんだ。感染症だった。何という名前のウィルスだったか、ややこしくて覚えていない。  それで余命一週間と宣告されて。  なんてことだ、余命一週間だと。  いや、それで決めたんだ。俺には、幸い金があった。事業で忙しく世界中とびまわって、それでどこかで感染したんだが、とにかく仕事は順調で金はあった。  それで決めたんだ。いったん、冷凍睡眠(コールド・スリープ)しておいて未来でこの病気を治す方法が見つかるのを待とうと。  決めたら早かった。俺は決断は早いんだ。だから商売でも成功した。  そうか。治療法が見つかったんだ。それで冷凍睡眠中の俺を覚醒させた。どれくらい眠っていたのだろう。知っている人間たちは生きているだろうか。  しかしみんな死んでいたとしても、どうってことはない。俺はいつだって自分の力で自分の運を切り拓いてきた。生き返ったら、またやってやるぞ。  何かチクッとしたな。そうか、特効薬を注射してくれたのか。 ―そんなに貴重なんですか、そのウィルスが。 ―そうとも。正確に言うと、ウィルスの原種がな。今流行っている何度となく変異してきた型に対抗するに、原種から遡ってDNAの型を見ていく必要があるんだ。 ―この患者の体内にウィルスが患者と一緒に冷凍保存されている。 ―そういうことだ。 ―患者は助かるのかな。 ―難しいな。とうに手遅れだ。 ―未来になったら、助かると期待をつないだらしいけれど。 ―ムリなものはムリだよ。 ―ウィルスは生き続けて、ヒトは死ぬ、か。 ―代わりに大勢の命が助かる。 ―血液は採取したな。 ―はい。 ―あとは厳重に隔離しろ。 ―おかしいな。だんだん痛みがひどくなってきた。そうだ、意識がなくなる前、頭痛に、吐き気に、関節の痛みに、そうだ、全身の毛細血管がボロボロになって目からも出血していたんだ。  痛、いたたたた。  おい、いつ治してくれるんだ。何を注射したんだ。  動けない。  見えない。いやかろうじて見える。視界が真っ赤だ。目玉から出血している。網膜の毛細血管が破け続けているのか。  金なら出す。いくらでも出す。  助けてくれえっ。
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