第1章

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「えりちゃんどうしたの今日暗いよ、」と彼女は笑った。「いつもだけど、今日すごく暗いよ、どうしたの」  今までで最も憂鬱な春だと思ったけれど、文字通り雪解けの季節でもあった。私が季節のことを愚痴って、彼女がそんな風に言って笑い、私がかつて彼女がしてくれた、「自分の気に入らない部分を消す」という遊びに言及したことが、お互いの間で暗黙のうちに和解の手応えに変わった。季節が過ぎるということは、微妙な変化の堆積でもある。何かが私たちの上に降り積もって、良くも悪くも、私たちはいつまでも同じ感情を持ち続けていることは不可能だった。  私は喫茶店でのアルバイトの貯金に加えて、お母さんに懇願して補助してもらったお金で、三年生からいよいよ予備校に通えるようになった。あきちゃんもいつの間にか親に頼んで、当たり前のように私と同じ予備校に通うことにしていた。最初にクラス分けテストをやって、その結果の通知が家に届いた。開いたものの私はアルファベットと数字の組み合わせの意味が分からず、自分が先に目指したにもかかわらず、封を開けた封筒を学校に持っていってあきちゃんに「ねえエムいちって何」と尋ねた。あきちゃんは私の肩を乱暴に叩いて、上級クラスだようわあ信じられないと言った。  彼女によると数学だけ私は上級クラスで、英語と化学は下級クラスだということだった。英語の方が自信あった、と私が言うと馬鹿、あんたいるのここだからねとグラフ上の赤い星を指された。いかにも私がいそうな低い位置で、それが私なのだとすぐに呑みこめた。 「うわああしかもM1って悠木先生だ死ねよもう」と彼女が言うので、 「なんで悠木先生ってひと死なないといけないの」と言ったら、いや死ななきゃいけないのお前だから、死ねよ本当まじで今、と凄い勢いで言われた。彼女の言葉の激しさで、クラス替えしたばかりの教室で私たちが喧嘩しているものと思われて周りがしんとなった。何も知らない他の生徒たちの視線のなかでも、あきちゃんよりしねしね言われている私が攻撃者らしく見られていることを感じた。  微動だにせずに相手をこうも怒らせている自分にふと、村上さんに近いものを感じた。感電した家畜のような姿で、奥さんをあれほど怒らせることの出来た村上さんのことを思い出し、 (やっぱり村上さんの彼女だからだろうか、私、)
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