第1章

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 私が川べりで草むらに直に座り込み、ジャージの短パンを穿いた足であぐらをかき、煙草を吸いながら物理の参考書を眺めている。そうすると橋の上の方から、湿った風に乗ってあきちゃんの「あーっ」という甲高い声が吹き飛んでくる。友達を見つけたら、みんな「あーっ」って言うのだろうか。私は彼女きり友達がいないから知らないけれど、普通に名前とか呼んだらいいのにと思う。彼女は悲鳴を上げるみたいに私を見つけ、私も煙草を持っているとうっかりその手を上げそうになり、人目につくのを微妙に恐れて川に吸殻を放り込む。そんな習慣を持っていた。あと、悲鳴を上げた彼女が近づいてくるのを内心恐れるのも、私の習慣だった。顔を洗ったり髪をとかしたりするのと同じぐらい生活に根付いている、行儀のいい人間になるための震えのような、微かで動かしがたい習慣だった。  あきちゃんとは、高校の二年生のときに初めて同じクラスになった。私たちの高校は県内でそこそこの進学校で、一番偏差値の高い高校に行けなかった子たちが、次に受けるグループのうちの一つだった。私はそこに、中学のときの担任に励まされて何とか引っかかり、あきちゃんは「お姉ちゃんに負けたくなかった」という理由で受けて受かった。  私たちはあの高校の、典型的な生徒ではなかったように思う。中学の頃、それぞれの住む地域で一番にはなれなかった子供たちが、大学受験の季節になると、それぞれの方法で自分というものを取り戻そうとしだす。浪人覚悟で最難関クラスに挑もうとする子、やっぱり二番手グループに行こうとする子、大学受験自体を全然放棄する子などがいて、それぞれに十五歳のときの二回戦であるみたいに私には思えた。みんな、担任の先生にそれぞれの手傷っぽいところを鞭打たれてけしかけられていた。  彼らに比べて、私とあきちゃんには平穏な陣地がある方だった。なぜなら大人からの期待と無縁だったから。もともと優等生らしかったわけでもなく、ラッキーパンチで入っていたから、他の子みたいに自分を回復するために奮闘したりする必要など全然なく、無為にぶらぶらして過ごしていたら、水が低きに流れていくように……成績がどんどん低迷した。
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