第1章

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 私たちは二人とも似たようなゾーンにいたらしく、二年の春にいきなり提出を命じられる進路希望票に、私が「医学部志望」、彼女が「メディカルなんとか(たぶん薬学部)」と書いたら、真面目に書けという理由で二人して担任に呼び出された。  そのときまで私は、茶髪で目立つ感じの彼女と、「怖い」と言われる暗い自分に、馬鹿以外の共通点があると思っていなかったので、似たような進路志望であることを意外に思った。私も彼女も決心は固く、馬鹿だから考え直せと言う担任の言葉は聞き流し、机の上に晒されている進路希望票に記入した名前がともに、三文字で二文字目までがひらがな、三文字目が漢字であるというところに注目していた。  そのときに初めて、彼女の下の名前を知った。なんとかちゃん、と呼ばれているのは知っていたけれど、漢字なんか知らなかった。私が「えり香」で、彼女が「あき帆」だった。 「親は何考えていたんだろ、」  初めて私は、自分の名前の表記に対する感想を、共有してもらえそうな他人に会って呟いた。 「私、画数でそうしたって」  彼女があっさり、自分の存在の不思議なところを、自分で適当に処理してしまっているのを聞いて、私は驚いてつい「私、親に質問したことない」とか、へんな応じ方をしてしまった。そのことが、彼女の笑いを誘った。そのあと、私はへんに本音みたいなことを言った。 「ていうか、要らないんだけど、えり香のか、」 「じゃあさ、取っちゃおうか、要らないところ、私も要らないから」  そう言うと、彼女は音を立てて私の名前の書かれた進路希望票の、三文字目を潰した。私も彼女の三文字目を潰した。そのときから私たちは互いに、えりちゃん、あきちゃん、と呼ぶようになった。何だかものすごく短い、約束事をお互いに確認し合っているみたいだった。また、遊ぼうね、そうだね、じゃあね、またね。ずっと一緒にいようよ、そんなことを、子供のときは繰り返す。私たちは、子供のときから続いていた名前の、お互いに痛覚を感じない部分を毟り取った。
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