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そこで母は帰路の歩みを止め屈むと、わたしを覗き込むようにしてひそひそと言った。
「お母さんもさっき、そう思った」
その一言だけでわたしはひどく安心した。雪解けを待ちわびた花のように、陽気さがまたわたしに戻ってきた。
その時ふと目の前を大きめの影がひらひらと通り過ぎた。
「あ、ちょうちょうだ!」
それは大きなアゲハチョウだった。見たことがないわけではなかったが、それでもそれほど頻繁に遭遇するものでもなかった。大変楽しい状態になっているときにその物珍しい蝶を見かけたことで、わたしの未熟な理性は忽ちに吹き飛んでしまった。
「あ…!こら、明日香!」
母が気づいたときには、母の手をするりと抜け出し走り出していた。蝶々はわたしの視線の少し高いところを、然もわたしを誘惑するようにひらひらと舞い続ける。わたしは幼児特有の奇声を発しながら夢中になって追いかけた。
そしてぶつかった。
視界が真っ黒いもので塞がれたと思ったときには、もう尻餅をついていた。一人の老女がわたしを見下ろしていた。黒いローブの中、髪の毛は真っ白になって、顔にも深い皺が幾重にも刻まれていたが、背中はしっかりと伸びていた。
「あらあお嬢さん、お怪我はないかしら」
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