宛もない手紙

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『こんにちは。いや、もしかしたら君のいるところはもう夜かも知れないから、こんばんは、も加えておこうか。  こうして君に手紙を書くのも、だいぶ久しぶりになったかも知れないね。たまには君の方からくれたっていいんだよ?  最近どうですか? そっちは何も変わりないかな?  僕の方は、まぁそれなりに色々変わったかな。  まず、結婚しました。相手は転職先で色々教えてくれた事務員の、少し年上の女性。前の会社であんなことがあって、人とコミュニケーションをとることも大変だった僕に、あそこまで親身になってくれる人も他にいなくてさ。気付いたら、好きになってた。ん、こんなこと話さない方がよかったかな?  それと、彼女のことを書くにあたって触れたけど、転職もしました。惜しまれもしたけど、やっぱり居づらくなっちゃってさ。中には嫌な噂を立てる人もいたし、それにいちいち答えていくのも、なんかね。  どうしても疲れてしまって、やはり会社を移ってしまうのがいいかも知れないという結論に達しました。幸い、今の会社にはそういう人聞きの悪い噂を喜ぶような人はいないから、それなりに気が楽です。  少しだけ、寂しくもなるけどね。やっぱり、前の会社で長かったし、友達付き合いをする人もそれなりにいたからさ。  あとは、何か報告することはあったかな。  あぁ、君のご家族に会いました。ご両親はすっかりおじさんおばさんになっているし、沙耶香(さやか)ちゃんも、来年には大学を卒業する。僕はそんな様子をそれなりに見てきたけれど、もし君が今のみんなにいきなり会ったら、気付けるかな。  あのご家族に会うと、君は本当に愛されているんだな、と何だか温かいような気持ちになるよ。それはもちろん、君が直接感じてみてほしいことだけど。  沙耶香ちゃんは、まだ少し寂しそうにしていたよ。お兄ちゃんっ子だったから仕方ないかな? 改めて、君の存在の大きさを感じた気がする。  少ししめっぽくなったので、今回はここで終わるよ。また書きます。』  僕は書き上げた手紙にライターの火を当てる。端からチリチリと焦げて炭化していくこの手紙は、君に届いているかな? 何度やっても疑問に思う。  そして、今でも思うんだ。  もしあの日、君実家に戻ってさえこなければ、僕だってきっと……、……。  あのとき手にこびりついた赤を、僕は今も忘れない。
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