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居場所、他人、自分自身
不特定多数対象の掲示板をはじめとするネットの世界が、居場所だった。少なくとも現実世界では、この部屋にしか居場所はなかった。
そのネットの世界も、初めから居場所だった訳ではない。見るだけ・読むだけで、自分から何かを発信することなど思いつきもしない時期が長かった。
初めて掲示板に書いたのは母親についてだった。苛立ちが最高潮に達したある日、酒の勢いで普段から言いたかったことをそのまま書いた。十を超える返信があった。ほぼ全て、お前は甘えているなどといった否定的なコメントだった。
こいつら、他人のことを言えるような生活をしているんだろうか、自分のことを棚に上げているんじゃないか、疑わしくてならなかった。自分と同じように、日々何もせず暮らしているのではないか、暇つぶしで誰かを叩きたいだけなんじゃないか。そう考えるうちに、彼らの一部はその生活から抜け出すのかも知れない、とも思い始めた。全員が脱却するなんてことはありえない。しかし、更生する奴も一人や二人はいるかも知れない。それはどういう時なのだろう。そして、自分にはそういう日は来るのだろうか。そこまで考えて、現実が迫って来るようで耐えられなくなり、ひとまずブラウザを閉じたのだった。
初の書き込みへの反応では惨めな気分を味わったにも関わらず、自分の現状について語ることで少し気が楽になったのも事実だった。概ね友好的な反応が返ってくる掲示板を見つけて、そこを居場所とした。他人が読むことを前提に文章を書くのも意外と楽しかった。
そこには自分と同様に悩みを抱えた人間が集まっているようだった。他人の書き込みを眺めているうちに、悩みにはパターンがあることに気が付いた。そして、それぞれの悩みを解決するにあたって何が必要かも見通すことが出来るようになった。一回「見える」ようになってしまえばあとは簡単だった。
数カ月後には、自分で悩み相談の掲示板を作り、来訪者にアドバイスするまでにのめり込んだ。ほとんどの場合、感謝された。役に立った、問題が解決した、視界が晴れた、などなど、御礼のコメントは素直に嬉しかった。リアルでカウンセラーの職についてはどうかという書き込みもあった。読みやすい文章だとか語感が優れているだとか褒められることもあり、お世辞だろうと思いつつも、悪い気はしなかった。人助けの場はそのまま居場所になった。居心地は良かった。
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