休息

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 急に子連れになってしまった俺と彼のあいだで、彼女はまったく遠慮もなく好き放題にはしゃいでくれる。早く彼女の家族を見つけないと、隣の彼が可愛くて俺のほうがどうにかなってしまいそうだ。 「なっちゃん、きりんさんがしゅきなの」 「へぇ」  あちらこちらへと寄り道を余儀なくされながら、彼女に相槌を打てばその度に小さくジャケットの裾が後ろに引かれる。しかしその先へ視線を落とすと、同時に目をそらされた。 「手、繋ぎます?」  空いた左手を彼の前に差し出せば、今度は首を左右に振り、小さな声でいやだと呟かれる。 「なっちゃんがちゅなぐ」 「……いま抱っこしてるだろ」  小さな手でぐいぐいと引っ張られる左腕。けれど仕方なくその手で頭を撫でたら途端に彼女は大人しくなった。しかしやはりそれに比例して、ジャケットを握り締める手に力がこもるのだ。こんなに可愛い人が隣にいて、平静を装うほうの身にもなって欲しいと、腕に収まる小さな子供を恨みがましく見つめてしまう。 「佐樹さん?」  名前を呼ぶとぎゅっと裾を掴む手の力が強くなる。今日はやけに感情表現が素直で、思わず目を見張り驚かずにはいられない。けれどそんな俺の反応に、彼はふいと遠くに視線を投げた。 「まいったな。こんなことで嫌われるのは困る」 「……」  下を向いた顔を軽く覗けば、ちらりとこちらを見て、再び俯きながら彼は微かにため息をついた。そしてその意味がわからず俺が首を傾げていると、突然甲高い雄叫びが辺りに響き渡る。 「やぁー!」  急に人の腕の中でジタバタし始めたその動きに、一瞬だけ二人で目を丸くしたまま固まってしまった。一体なにが彼女の機嫌を損ねたのだろうか、さっぱりわからない。
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