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足早に去って行った彼の後ろ姿が見えなくなると、見計らったように大きなため息が聞こえてきた。そのため息の主をゆっくりと振り返れば、その主は目を細め指先で俺を呼び寄せる。そしてその仕草に俺の中では不安とか焦燥とかではなく、ついに来たかという諦めの気分が胸に広がった。
「いま俺が言いたいこと、わかるよな?」
「まあ、大体は」
先ほどまで発していたのんびりとした声音とは違うその声に、ほんの少し背筋が伸びる思いがした。
「だよな。俺さ、お前のことすげぇ見覚えあるんだけど」
「そうですね、自分もです」
短くなった煙草を携帯灰皿でもみ消し、目の前で眉をひそめるこの人を――九条明良を俺は知っている。それは自分だけではなく、お互いに顔を合わせた瞬間その事実に気がついた。ただ、再会を喜ぶような知り合いではないのは確かで、なんとも言えない気まずさが真っ先に胸の内に広がった。
それは叶うならば、なにも見なかったことにして立ち去りたいくらいの、そんな複雑な気分だった。
「お前、ユウだよな」
「ですね」
しばらく呼ばれていなかった自分の通り名を聞くと、無意識に眉間にしわが寄った。
「優哉だからユウ、か」
そして俺を指差した明良の眉間にもまた、同じくしわが寄る。
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