理想の姿

3/4
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/127ページ
 いよいよ外出だ。ボレロを纏うと胸が大きくてボタンが届かないので首元だけを留めた。庭の窓を鏡にしてみると意外とこの方が様になっている。  玄関には男用の黒い靴と女性用のクリーム色の靴。優輝の黒い靴は靴入れの隅に置く。  女性靴の新たな主がつま先を入れてみると、合わせたように丁度良い。脚を後ろに折るように履いて家を出ると、新しい世界が広がっている気持ちになれた。  帽子を被り、ハンドバックを持てばいつもの・・・、いや、かつてない優美だ。そよ風がスカートを揺らしたので、バッグを持ってない反対の手で押さえた。  桜並木の歩道を進めば、駅前の大通りに出る。大人、子供、老人。どちらにも男と女がある。今、優美という人物は『女』として違和感なく溶け込んでいる。  駅はビル型で、周辺は再開発されたので全国チェーンの飲食店もあるが、日用品を扱う店は高品質な品々を揃えている。引っ越してきたばかりの優輝が学園長と何度か来た事があるのでどこに何の店があるかは把握している。  将来購入する服を衣料店で軽く下見してから、行き慣れた大型スーパーに入って食材の調達をする。よくある流通品もあれば、有機野菜やら本格果汁のジュース、厳選した肉や魚、名店や輸入物の菓子が並んでいる。ここで、ワインとチーズ、クリーム、瓶入りマスタード、牛肉、必要な野菜を買い揃えると、お昼にレトロなコーヒーショップで日替わりレディースセットのツナと香味野菜を包んだクレープを食べた。  ここの店長さんは四十代というが、年齢とは関係なく破格に美しい。ちょっと会話をしただけで打ち解けたのでアップルパイをサービスしてくれた。パイを食べながら『優輝』は思った。  人って、『人』の外側しか見てない。昨晩殺した優美は中身がダメだというのを皆知らない。ましてや、男の僕が優美と入れ替わっているというのも気が付かない。人間は外側が綺麗ならその通りに信用する生き物なのだとわかった。  冷徹な思いを含んだ勝利を確信した優美は会計をして店を出ると、桜並木の歩道を歩いて帰宅を始めた。途中、高校生の女の子二人と挨拶を交わして・・・。  これが、昨日まで優輝が歩んできた人生だ。そして、今は優美となってシャワーを浴びている。
/127ページ

最初のコメントを投稿しよう!