代謝と代償

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 橙色の制服に白の半円形エプロンを腰に巻いた優美は社会人の世界を学びながら働いていた。レストランのアルバイトは週二日間限定なので、チーフから最低限の接客と注文の入力装置の使い方を教わったが、単刀直入に語ると、いきなりの実戦投入だ。連休を利用した家族や友人知人、休みとは無縁なサラリーマンが時間の経過と共に数を増す。  短期アルバイト組はベテラン組と同様に注文を取るが、運ぶ料理は異なってくる。例えば、短期組は軽食や一人客相手。ベテラン組はステーキやハンバーグなどの重量級や複数客とレジを担当。  優美は早々にうまく働いていた。<優輝>としての記憶力と発想の良さもあって、注文の機械を難なく使いこなし、お勧めやメニューの組み合わせには初心者とは思えない対応をした。  不満なのはこの店の制服がスカートではなくスボン。他はマナーの悪い客への対応だ。食べ残しやテーブルの散らかし、スマホや携帯を眺めて長時間居座る、料理を持っているのに走り回っている子供に注意しない親。  礼儀やマナーを守って生きてきた優美にはストレスになる。目をあわせないオジサン客に「御注文ありがとうございます」と伝えながら笑顔で立ち去る。お客側からは見えない厨房前の従業員通路に入ると、「はぁ・・・」と天井に息を吐いた。  短く一息ついた後に『ポーン!』とお客からの呼び出し音が鳴った。深呼吸した優美は笑顔を作ると盛り場に戻った。 「お待たせしました」  テーブルには、ドリンクバーを飲む二人の男。どちらも二十歳前後でそれなりに好い顔立ちだが、髪はピンクと緑に染めている。追加にフライドポテトと簡単な注文だったので、優美は楽にリモコンに打ち込んだ。  頭を下げて動こうとすると、「ねえ」と声をかけられた。優美は振り替える。 「君、かわいいね。名前なんていうの?」 「メルアド、持ってる? 交換するから教えてよ」  ああ、ナンパか。優美は面倒に思いながらもマニュアルどおりに対処する。 「すみません。忙しいので、失礼します」  立ち去ろうと踵を返す。直後、お尻に妙な感触が伝わった。  これは・・・、触られた!  反射的に振り返る優美だが、彼らはストローを加えて談笑中だ。恐らく、問い詰めてもお互いにとぼけあうだろう。許せない気持ちは強いが、今はアルバイトに専念しなければ。  ドアをくぐる来店音が鳴ったので、優美は笑顔で再び接客を始めた。
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