第1章

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 マネージャーの井原は、トオルの機嫌取りには、もう慣れていた。焼き肉か、寿司か、イタリアンレストランに連れて行けば、トオルの怒りは、鎮められる。  都内の、高級住宅街の中の三階建ての大きな豪邸が、有野ヒカルが、暮らす住まいだった。ヒカルは、自分の部屋で、ピアノの練習をしていた。ショパンやベートーヴェン、モーツァルトなどの名曲たちを、ヒカルは、華麗に奏でていた。  ヒカルの部屋の掛け時計が、午後六時を知らせる音を鳴らした。 「六時だ!!」  ヒカルは、慌ててピアノの演奏をやめて、杖を使って探り探り部屋の片隅に置いてある机にたどり着いた。ヒカルは、机の上に置いてあるノートパソコンの電源スイッチを迷わず押した。  パソコンが立ち上がった。  ヒカルは、ブラインドタッチで、視覚障害者用のパソコンを、素早く操作して、「ラジコ」というサイトに入った。  六時十五分、ヒカルが、選んだラジオ局から、ジングルと共に二人の男性の声が、元気よく響き渡った。 「こんばんは!ハーモニーで~す!!」  ラジオからは、お笑いコンビ「ハーモニー」の二人の声が、軽妙なトークで、ヒカルのもとに送り届けられていた。 「フフッ!アハハ!」  ヒカルは、大のお笑い好きで、中でも「ハーモニー」の木間タカシの大ファンだった。生まれつき目が見えなかったヒカルは、聾(ろう)学校(がっこう)などを経て、一旦は、社会人として大手企業の障害者枠での就職に、成功したが、目が見えない事からクレーム電話の対応の仕事しか与えられずに、ストレスから、会社に行けなくなり、僅か半年で、退職の道を選んだ。  ハーモニーが所属する芸能事務所に、一通のファンレターが、届いたのは、十月の中頃だった。差出人は、有野ヒカル。全て、パソコンで打ち込まれた、その手紙を、たまたま事務所に呼び出されて勤怠の悪さを、怒られていた木間タカシが、帰り際に偶然見つけた。 「ファンレターかぁ……」  タカシは、暇だったこともあり、その手紙を読んでみる事にした。  拝啓、木間タカシ さま  私は、現在、十九歳の女性です。  私は、生まれつき目が見えません。  なので、視覚障害者用のパソコンを使って、この手紙を書いています。  私は、ハーモニーの漫才や、コントを「聴く」のが、大好きです。  コントは、たまに耳からの情報だけでは、理解できない事もありますが、
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