桜 お守りに欲しいの

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「伊勢谷ちゃんがお勧めって言ってたから来ちゃった。」 来ちゃったって……あどけない表情をして言うのだから。これが未だに片思いの身なら、変に期待してしまうだろう。こういうところ、宮田くんは相変わらず天然の女たらしだと思う。 桜は溜息をつきたい気分だったが、一応お客であると言い聞かせて、成海をカウンター席に座らせた。成海の性格ならきっとマスターとの会話が弾むのではないだろうかと思ったからだ。 「桜ちゃんの同級生?」 初めてのお客さんには、マスターはいつも自分から声をかける。かける言葉は相手の年齢や装い、訪ねて来た時の様子で判断している。 明らかに待ち合わせや用事のついでに立ち寄った人には本日のお勧めのコーヒーを紹介する程度だが、この店に訪れることを目的としている人には、親しみを込めた笑みで相手に質問をしたりする。 「そうです。宮田成海って言います。」 店を訪れた成海は一眼レフカメラを手にしていた。 「写真を撮ってるの?」 「はい。部活に入っていて。ここのお店の雰囲気、素敵ですね。一枚撮らせてもらってもいいですか。」 「もちろん。他のお客さんの顔さえ入らなければ、好きなだけ撮ってくれていいよ。」 マスターと成海の会話を、桜はレジの精算をしながら眺めていた。最近、宮田くんは本腰を入れて写真を撮るようになった。松田くんの話では、コンクールに応募するらしい。あいつが賞の付くものに挑戦するのは、かなり久しぶりで、きっと何か心境の変化があったんだと思うと言っていた。
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