とある春の、とある学校にて――

5/8
前へ
/8ページ
次へ
『彼の手が、少女の唇に触れる。少年の動悸が、よりいっそう早くなる』 「……」  なにも思わなかったわけではない。  実はあの夏から今まで、キスをしたことすらない。するようになったことと言えば、時々手を繋ぐようになっただけなのだ。  しかし不思議な一致は絶対だ。なので、不思議な一致を完遂するため、俺は小説通り彼女の唇に触れてみた。  そのプルプルとした未知の感触に、俺の中に衝撃が走る。触れている指に、彼女の吐息が一定のリズムを刻んで当たる。  心臓の鼓動が早くなる。むくむくと、男として当然の邪な欲求が沸き上がる。しかしその欲求にしたがってしまうと、間違いなく彼女に嫌われる。  落ち着いて、続きを読もう。 『少年はついに我慢できなくなり、眠っている少女に口づけをした』 「おいちょっとまて」  何してるんだこの登場人物は。 『それでも、少女が起きる気配はない。彼はついに決心した。一旦教室の外を確認したあと、ドアに鍵をかけた。そして━━』  バタンと文庫本を閉じる。以降の内容は、それは過激なものだった。  なんていうものを読んでるんだこいつは。というか、こんな過激な本で結ばれたのか、俺たちは。 
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加