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 気づいたのはさっき。  洗面台で手を洗いながら、いつもの癖で、左の薬指を触った時に。  何故そんな癖がついたか、それがまさに答えなのだ。仕事中だったら、清掃や食品を扱う時。家だったら風呂に入る時とか、例えば服を着る時に引っかかりそうになったからなんて理由で。 ―― 一度外指輪を外すと、すぐに見失ってしまう。  時々薬指の付け根を確かめるのが、いつか癖になっていた。触ってみて硬い輪っかに当たらなければ、どこかに置き忘れているというわけ。店のトイレにも、鏡の前に指輪やピアスの置き忘れがたまにある。探してみた限りでは、その手の忘れ物も、また、見慣れたプラチナメタルの指輪もなかった。たぶん部屋のどこか……洗面台か風呂場あたりに置きっぱなしになっているんだ。頭では判っていても、一方に残る不安が、チリチリと胸の中で焦げついている。部屋に戻って実際に見つけ出すまでは、この感覚に甘んじていなければならないのだった。
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