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「中村さん聞いてくださいよ」  慧斗の後ろで陳列ケースに煙草を充填しながら、久保がのんびり話し出す。二年目になる深夜シフトの学生アルバイトで、まだ慧斗がバイト店員だった頃からの付き合いだ。慧斗の知る限りでは、深夜シフトのメンバーはそれほど入れ替わりがない。 「なに?」  作業の手を止めずに、相槌だけ打つ。 「俺さっき、ひっさしぶりに切手売っちゃいました。一瞬ビビりますね、うわ切手ってどこだっけーとか。たぶん客も、あ、こいつ切手なんて言われて焦ってるよ……と思ってたと思うんですけど。夜中って、あんまり特殊なのなくないすか?」 「あー……かもね」 「聞き流すし」  上の空の態度を、注意されてしまった。これ以上考えていても仕方ない。まだ当分、仕事は終わらないのだから。 「……聞いてるって。で、ちゃんとやれた?」 「一瞬半泣きでしたけど。一人でできました」  茶化すように言って笑う久保を肩越しに振り返り、慧斗は握っていたボールペンを指先で回した。 「伝票書きも、一人でできる?」  現在行っているのは、宅配便の伝票処理。切手、もちろん葉書に、通販の決済、振込業務全般だって、扱っていない事を挙げる方が難しいほど、コンビニってのは何でも請け負っている。事務作業の嫌いな彼はわざとらしく顔をしかめて、そそくさとレジを出た。 「ペット補充してきます」 「よろしく」  零時を目安にペットボトルを補充するのは、元々個人的な習慣みたいなものだったのだが。慧斗をチーフにしたシフトでしか働いたことのない彼にとっては、それが当然のタイムテーブルなんだろうと思うと、不思議な気もする。中断していた伝票書きを終えてしまおうと、慧斗は再び複写紙にボールペンの先を押し付けた。近眼予備軍というか、文字を書く時、顔と紙との距離はほとんどゼロになる。ゴリゴリと日付を書き終えて顔を上げると、ふと、頭上に影が差した。
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