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自動ドアのセンサーを聞いていたから、客が入って来たのはわかっていた。
「あのさ」
「あ、はい」
地元の大学生ってとこだろう。
ファー付きの真っ黒なダウン。ポケットに両手を突っ込んで、寒さに赤くなった耳たぶには、きんきんに冷えているだろうピアス。彼は長い前髪の隙間から、ちら、一瞬横に視線を走らせて、きつくこちらを睨みつけてきた。
「ケイトって、誰」
語尾が上がらないから、疑問形ではない。慧斗はレジ台に屈み込んでいた姿勢を正して、背筋を伸ばした。
「……俺だけど」
いくらか背の低い相手が、上目遣いに、びっしり生えた黒い睫毛を瞬かせる。可愛いタイプだろう、間近に見ると強烈なくらい。大きな目が零れそうだなんて思いながら、その強い視線をかわすように目を伏せる。見られる方にとってあまりに気まずいと感じるだけの時間を置いて、
「大したことないじゃん」
まるで脈絡のない言葉が投げつけられた。
「……は?」
反応と言えるほどの反応ができず、無反応に終わる。それが相手の不興を買ったよう、またきつく睨まれ、さらに告げられたのは予想なんてできるはずもない名前だった。
「ノブヒロさんのお気に入りだったっていうから、どんだけきれいかと思ったけど。全然、大したことないのな」
「はぁ」
「他になんか言えねーの?」
「ノブヒロって……佐藤?」
慧斗にとっては、必要な質問だったのだ。
突然聞かされた名前は、もうずいぶん、誰かの口から聞くことがなかったから。そんないちいちの反応が気に入らないといったふうに、彼は床に向かって吐き捨てた。
「他にいんのかよ」
「俺にはいないけど……お前、誰?」
なんとなく、見えてきた。
昔は時々あった、場所はともかく、こういうシチュエーションは初めてじゃない。特別な質問ではないはずの慧斗の一言に、相手は混毛のファーまで逆立ったように感じさせるくらい殺気立つ。臨戦モードから、戦闘モードに変わったってとこ。
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